鉄筋の再利用化によって実現した、
人と人の繋がり
加山丸様
金属マテリアル事業
廃材としての鉄筋をキンメダイ漁の一本釣りに生かす――。
鉄スクラップ事業者としての仕入れの強みを生かしながら、鉄筋の再資源化だけでなく再利用化にも着目した新たな取り組み。この新規事業における業界を超えた出会いとそのシナジーについて、キンメダイ漁を営む加山丸の加山順一船長と、神鋼商事株式会社 代表取締役社長 山口一樹にお話を伺いました。
業界を超えた出会い――キンメダイ漁と鉄スクラップ
――まずは、加山丸について教えてください。
加山順一(以下、加山): 神奈川県三浦市にある間口漁港を拠点として、キンメダイ漁を専業で約30年営んでいます。 八丈島沖に出て、水深500~800mに生息するキンメダイの一本釣り漁を行います。 年間操業日数は約100日、1回あたり4~5日間漁場に出てキンメダイ漁を行います。
――鉄筋はキンメダイ漁にどのように利用されているのでしょうか。
加山: キンメダイの一本釣りでは、大型の電動リール(巻き上げ機)に、道糸、幹糸、その先に捨て糸と2㎏の鉄筋を取り付け、 仕掛けを海に沈めるための錘(おもり)として鉄筋を使用しています。今年からマグロ漁も始めましたが、この鉄筋の錘を使うのはキンメダイ漁だけですね。
山口一樹(以下、山口): 取引量は加山丸さんが年間1,000本。取引のある船舶数は全体で約70隻となります。 場所としては加山丸さんのある神奈川県三浦の他、静岡県の伊東、稲取、須崎、下田、南伊豆、西伊豆、神津島などで現在お取り引きいただいています。
加山: うちは2㎏の鉄筋を1,000本仕入れているけど、2,000本使う人もいるし、3㎏の錘を使用する人もいる。 重ければ仕掛けの落ちるスピードが速くなるけど、今度は上げるのが大変です。ある程度は潮に流されるほうがいいこともあるので、 量や重さは人それぞれ。ほとんどの場合、仕掛けの錘は1回使用すると錘だけ切れてしまうのですが、素材が鉄なので、藻が生えて人工漁礁となり、そこに魚が集まるんですよ。
――これまでのお取り引きの中で印象に残っていることはありますか。
山口: 初めてお会いしたときは2㎏の鉄筋を使うということだけ伺っていたので、51mmという一番太いサイズから、 現在使用いただいている25mmという太さまで、5~6本バリエーションを用意してお持ちしたのですが、現場を見たり、 太さや長さに対するご要望をいただいたりした後に、お取り引きがはじまりました。
加山: 実は神鋼商事さんに依頼する前に鉄筋を仕入れていた事業者があったんですが、その時は太さや長さが規定のサイズのみで、 鉄筋自体も自分でその事業者まで取りに行かなければいけませんでした。山口さんの第一印象としては、何だか若いし、 本当に安定して供給を続けてくれるのか少し不安でしたが(笑)、太さや長さも指定させてもらえるし、何より漁港まで荷を運んでくれる。 コスト面でも神鋼商事のほうがよかったですし、安定して5年も供給を続けてくれていてありがたいなと思います。 それに、一生懸命自分でどんどん取引先を開拓して行っていたのも印象的だったかな。
山口: 最初は事業というほどの大きさではありませんでしたが、加山さんに知り合いの漁師さんをご紹介いただいたり、 どのあたりの漁港に需要がありそうかというヒントを教えてもらったりしたので、多くの船長さんとお知り合いになることができました。
加山: 南伊豆方面とかね(笑)
山口: 間口漁港の近くかと思いきや南伊豆でした(笑)。でも加山さんのおかげでキンメダイ漁のメッカともいえる須崎港(静岡県下田市)でのお取り引きにも繋がりました。
加山: 俺は少し協力しただけで、それを開拓してきたのは山口さんだよ。 それだけ努力してやってきたわけだから。一生懸命になってやってくれているなというのは感じてたよ。
縮小する業界の新たな収益源として着目した、鉄筋棒の再利用
――そもそもこの新規事業を始められようと思われたきっかけについて教えてください。
山口:
当社の主軸は鉄スクラップをリサイクルにかけて原料に戻すという金属マテリアル事業になりますが、業界としてはシュリンク傾向にあります。それゆえに、何か新たな収益基盤を作らなければいけないと考えていました。それも、ただ新しいアイデアというだけでなく、模倣困難性の高い事業、当社の強みを生かした何かという軸で検討を重ねていました。溶かして製鋼原料に戻すという従来の方法ではなく、同質同形状のものを、異なる用途で再利用できないか。そう考えたとき、鉄筋棒が頭に浮かびました。
実は、当社では土木関連を中心に展開している鉄筋加工会社様から定期的にD51という5センチ以上の太さがある鉄筋の端材を定期的にスクラップとして頂いてました。重量も形状もすごくキレイな状態だったので、このまま製鋼原料にするのはもったいないと考えたのです。
鉄筋は正式には異形棒鋼という呼び名がありますが、名前の通りデコボコしています。この状態では、丸鋼(デコボコのない鉄筋)としては使えません。そこで、このデコボコ部分をフラットにする加工を施すこと、そして完成した丸鋼の販売先を確保すること、この2点をクリアすることできれば、鉄スクラップを大量に仕入れることができる当社の強みを生かした新規事業にできるのでは、と考えました。
そこで、50㎜未満の丸鋼原料を使用している製造業にターゲットを絞り、さまざまな試行錯誤を繰り返していました。
――そんな中、キンメダイ漁と出会われたのはなぜでしょうか。
山口: 試行錯誤を続ける中、定期的に参加させて頂いている勉強会後の懇親会で、 釣りを趣味にされているある社長さんから 「そんなに難しく考えなくても、キンメダイ漁で鉄筋を錘として使っているよ。そこのニーズを探ってみては」と教えていただきました。
加山: キンメダイ漁は季節を問わず一年中漁に出るので、他の漁獲物に比べて鉄筋の必要量が多いんだよね。
山口:
そうなんです。そのため、安定的な需要が見込めます。
そして再利用された鉄筋を海に還すことができるという点においてもSDGsに配慮できる新商品になるのでは、と考えました。
早速情報収集に取り掛かったものの、船釣り体験などを行っているような事業者さんならともかく、
専業でキンメダイ漁を営まれている漁師さんは、インターネットで検索しても情報が出てきません。
そんな中、たまたま平塚の漁業組合に勤めていた大学時代の先輩から、
間接的に間口漁港でキンメダイ漁を営まれている漁師さんをご紹介頂けることになりました。
そのうちの1人が加山さんだったというわけです。約5年前のことです。
――そのようにして始まった新規事業ですが、当初はご苦労も多かったことと思います。当時、どのように乗り越えられたかをお聞かせください。
山口: そうですね。最初は本当に手探りの状態だったので、取引先開拓から加工、出荷まで、すべて僕が1人で行っていました。 平台に鉄筋を載せてひとつづつ手作業で切断していくので、スネに当たって怪我をしたこともありました。
加山: かなりの労力が必要だよね。
山口: そうなんです。取り扱い量が増えてきたこともあり、2021年5月に1,000万円の切断機を購入。 昨年の年間生産量が130トンで約65,000本ですが、この機械の導入により生産性を向上させただけでなく、 ほぼ全自動で生産できるため、作業時の安全性もアップ。何より平刃ではなく丸刃を使用した切断面はバリがなくキレイに仕上がるため、 漁師さんに使用いただく際にも安全ですし、潮の影響を受けにくい錘にすることができました。
加山: そこ重要なんだよね。鉄筋の先を持つと手を怪我したりしていたんですよ。あと神鋼商事は納期が早くて助かります。
山口: オーダーが入ってから 1~2週間で納品できるようにしています。
加山: 会社によっては1~2カ月、中には半年も納期を待たされることもあるから助かっています。 それに漁師は時化(しけ)以外に休みがなく、ほとんどの期間を海に出てしまっているので、 戻ってきているタイミングで納品してくれるというのもありがたい。こちらの都合に合わせてくれるというのは、やっぱり強いなと感じます。
山口: おかげさまで、口コミで少しずつ取引先が拡大しています。 今後何か違った付加価値をつけたいと考えており、加山さんにはそういった面でもいろいろとご相談させていただきたいと思っています。
加山: そうそう、何かあれば俺も山口さんにやってもらおうと思っています。創意工夫でもっと使いやすくなる方法がないかなっていつも探してるんだよね。
資源を守り、絆を深めながら築く、持続可能な社会
――SDGsには「海の豊かさを守ろう」という目標も掲げられています。何かご自身で意識されていることはありますか。
加山: まずは当然ですが、漁師としてはゴミを捨てないこと。 船上で何泊もするので当然食料や飲料のゴミが出ますが、ゴミは一切捨てない。全部持ち帰ります。 それと一番の問題は、資源が減ってきているということ。キンメダイが少なくなって、なかなか釣れなくなってきています。
加山: 自分は一都三県キンメダイ資源管理実践推進漁業者協議会の会長も務めていて、 水産庁も交えて毎年会議をしながら、資源の守り方と増やし方について議論しています。 マグロのようにTAC制度(漁獲規制)を導入しようという話もあるけれど、漁師は反対しています。 その代わり、いかに効率よく釣って、効率よく売るかを考えている。そのために現在取り組んでいるのは、針数の制限です。 釣竿は1人2本まで、針数は1本につき50本までという制限を設けて、それをみんなで守っている。そうすると1回の漁で最大50匹釣れます。 それ以上針をつけても他の船に絡んでしまったりして無駄になるため、そのような制限を設けることで資源を守っていこうという取り組みをしているところです。
山口: 環境を守りながら、一緒に走り続けられたらいいなと思います。
――業界の壁を越えて生まれた新たな取り組み。改めて今思うことについてお聞かせください。
山口: 鉄スクラップ業界と海の業界。 まったく異なる業界でこうして繋がれたというのは、本当にとても恵まれていると感じます。 釣りもほとんどしたことのなかった僕が今こうしてキンメダイ漁船に乗って加山船長とお話できていることも貴重ですし、 キンメダイ漁に出会えたおかげで、また一つ自分の世界を広げることができました。 商売を通じてできた繋がりというのも非常に面白いですし、また新しい何かを考える際のきっかけづくりとしても、大きくプラスになったと感じます。 業界としては厳しい状況が続きますが、こうして少しずつ挑戦を続けていくことで、新たな出会いや繋がりを生み出し、未来を拓いていけるのではないかと考えています。
加山順一
加山丸 船長
神奈川県三浦市にある間口漁港を拠点として、キンメダイ漁を専業で約30年営む。 年間操業日数は約100日、1回あたり4~5日間漁場に出てキンメダイ漁を行い、多い時で300~400㎏を釣り上げる。 神鋼商事とは2017年頃より取引を開始。一都三県キンメダイ資源管理実践推進漁業者協議会の会長を務める。
山口 一樹
神鋼商事株式会社 常務取締役
2008年マザーズ上場のITベンチャー企業に入社。法人携帯の販売、モバイル広告販売、新規事業開発などを経て2011年神鋼商事入社、2012年取締役就任。2013年に青山学院ビジネススクールに入学し、MBAを取得。2017年より現職。
文 : 岸のぞみ(LIFE MEDIA) 編集 :平藤篤(MULTiPLE Inc.) 写真 :ヤストミ タツ(MULTiPLE Inc.)
公開日:2022年7月22日
※内容、所属、役職等は公開時のものです
※取材は新型コロナ感染防止対策を行なったうえで実施しています